『ロマール魔術師ギルド、シェリル教室の一日』


「せんせーい、お待たせしましたっ!」
 木製の扉を元気良く蹴り開ける。
 両手には山ほどの書物を抱えているので、仕方がないと言えば仕方が無いが、けして行儀の良い開け方ではない。
 その上扉が開いた衝撃で積み上げられていた本は崩れそうによろめき、あまり掃除をしない棚の上から埃が舞い落ちるし、扉のちょうつがいは軋んだ音を立てている。
「ご苦労様、そこに置いてちょうだい」
 部屋の中に居た丸いガラス細工を顔にかける女性がにこやかに指示する。
 扉の開け方を注意しないのは礼儀作法に寛容なのか、それとも馴れてしまっているのか、はたまた、、、いや、これ以上は失礼になるのでやめておこう。
「はーいっ! よいしょっと」
 山ほどの書物を軽々と抱えて運んできた少女は、元気良く返事をして綺麗に整理された机の横にドスンと降ろす。
 その音から運んできた物が、見た目以上に重いことが分かる。
「ごめんなさいね、人手が足りなくてフィリアちゃんにばっかり雑用頼んで」
「いえいえ、ぜっんぜん大丈夫です」
 ぷるぷると顔を左右に振るたびに、短い透き通った金髪も左右に揺れる。
「そう言えばここも人がほとんどいませんね、センパイもこの前、使い魔の召還に少し戻ってきただけだし…」
「ウィン君は、今冒険者一筋みたいね」
 先生と呼ばれた女性は書きかけの書類から顔をあげ、にっこり微笑む。
「う〜ん残念。もっと冒険のお話聞きたかったなぁ」
 フィリアは心底残念そうに両肩を落とす。
「そういえばアルさんも見かけないですね」
「アル君はいまちょっと仕事をお願いして、出かけてるわよ。あら、でも少し帰りが遅いわね。確か二週間ぐらいだったはずだけど…」
 小首を傾げると薄い茶色の二つに別れた三つ編みも、軽く傾く。
「アルさんの事だし、やっぱりまた女の子にちょっかい出してるんですよ」
 幼女のように頬を膨らませながら、フィリアは足下に寄ってきた白いネズミを指でつつく。
「あとはボア君だけど、いつも通り書庫から出てきてないわよ」
 その答えにフィリアは笑いながら答える。
「ボアさんを書庫以外の場所で見かけたら、それこそ大雨が降りますよー」
「ふふ、そうね」
 しばらく部屋に二人の笑い声が響く。
「なんじゃ? 呼んだかの?」
 開きっぱなしの扉から、ひょっこりと髭がもじゃもじゃのドワーフが顔を出す。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ・・・・ボアさん!?」
 あまりに驚いたのか声は裏返り、ドワーフを指さしたまま体が小刻みに震えている。
「何じゃフィリア、人様に指を突きつけるとは」
 ボアはさも当然と言うように注意をする。
「あら、ボア君。書庫以外で会うのは何年ぶりかしらね?」
 先生の方は心底考えてるのか、腕を組んで小首を傾げる。
「さあのぅ、何年前じゃったか…。それよりシェリルにちょいと聞きたいことがあっての。ほれ、ここの記述なんじゃが」
 手に大事そうに抱える古びた書物を開き、シェリルと話をし始める。
 フィリアは呆然とその光景を見つめていたが、しばらくして我にかえる。
「こ、これはホントに大雨が降るかも………」
 思わず窓から外を眺めるが、空は透き通るような青さだった。

 その夜ロマール周辺に滅多にない、局所的集中豪雨が降りった事は言うまでもない。

HOME