雨の記憶 -Side story of Lasher
私たちにはいつも互いしかいなかった。ミティファ――双子の妹。私の半身とも言うべき存在。
両親がいなかったわけではない。それどころか、祖父も生きていたし、珍しく集落の中にも同じ年代の子供が数人いた。
だが、私たちが彼らと遊ぶことはなかった。物心着く前には遊んでいたようだが、周りの空気が読めるようになってからはそういうことはなくなった。
もしかすると、私たちが長老の孫で族長の子供ということも関係していたのかもしれない。だが、私は子供心にもそういったよそよそしさとはどこか一線を画したものを感じていた。
私たちが行くと空気が変わる。言葉にできない不自然な雰囲気。そんな中で遊んで楽しめる子供がいるだろうか? だから私たち姉妹は、いつも二人で遊んでいた。
すでに彼らと遊んだときの記憶はほとんどない。覚えていたいとも思わなかった。しかし、一人の子供が何かの折に漏らした一言だけは忘れられずにいた。
――どうせ、お前たちは死ぬんだ。
――死。
私たちエルフにとって、それはあまり身近なものではなかった。事故などでごくまれに死ぬ者はいたが、人間とは異なり悠久の寿命を持つ私たちの中で年老いて死ぬ者など滅多にいなかった。
その日、私は母に尋ねた。だが、母は悲しそうに微笑み「生き物はいつか必ず死ぬのよ」と言っただけだった。
その言葉が本音でないことは何となく感じられた。しかし、追求するには母の微笑みは悲しすぎた。
私はただ頷き、何か言いたそうなミティの手を引いて母の元を離れた。
ある雨の日、長老が息を引き取った。
特に悲しいとは思わなかった。彼は確かに私の祖父だったが、あまり好きではなかったし、かわいがってもらった記憶もなかった。それどころか、名前を呼んでもらった記憶さえない。私たちを呼ぶとき、彼はいつも「お前たち」か「お前」だった。両親もそんな長老に遠慮してか、私たちに愛情を注いではくれなかった。
いや、もしかすると影ながら注いでいたのかもしれないが、見えない愛情に、形を取らない想いに、なんの意味もなかった。私たちはただ互いに支え合っていた。
長老の葬儀の時、ミティは少しだけ涙を見せたが、周りの雰囲気に流された感が強く、実際の所は私の心情とたいして変わらなかっただろう。大人たちは涙どころか悲しい表情も見せない私に嫌な視線を向けてきたが、それでも私は悲しむふりをするつもりも、涙を見せるつもりもなかった。
ただミティの手をぎゅっと握っていた。
長老が死んでも両親の私たちに対する態度はほとんど変化を見せなかった。すでに私たちが生まれてから、人間であればその一生に値する時間が流れている。どのように接すればいいのか戸惑っていたのかもしれない。
だが、私にとって、そんなことはどうでも良かった。今更愛情を注いでくれ、と言うつもりもないし、そんなことをされても素直に受けられない。決して両親が嫌いなわけではなかったが、私にはミティがいればそれで良かった。ミティだけはいつも私の側にいてくれる、そう思った。
長老が死んで以降、私は集落の書庫に入り浸るようになった。ここの管理は長老が行い、滅多なことで入れるものではなかったが、祖父の死んだ今、その権限は私の親に移っていた。
鍵を持ち出していることに、もちろん彼は気付いていただろうが、何も言わなかった。私たちに対する負い目がそうさせるのか、それとも何か他の理由があるのか、それははっきりしなかったが、そんなことはどうでもよかった。ただ私が書庫に入ることができる、その事実だけがあった。
毎日、書庫で記録を読み続ける私にミティは付き合ってくれた。『姉さん、何を調べているの?』
――明確な形を取らない、漠然とした疑問。
そんなものが私の中に
折からの
ミティには何も言っていなかった。だが、ミティが私の様子が普段と違うことに気付かないはずもなかった。それでも彼女は何も言わず、昨日の夜も普段と変わらず一緒に寝てくれた。
普通、私たちはベットに入るとすぐに寝てしまう。だが、昨日は珍しくミティが話しかけてきた。
たわいもない話。ミティが話し、私が相づちを打つ。いつもより
ミティは賢い。おそらく私よりも。彼女がそのことを知るのも時間の問題なのかもしれない。そして私は、話さなかったことをきっと後悔するだろう。しかし、そのことをほぼ確信していても、言うことはできなかった。
話し疲れたのか、やがてミティは寝てしまった。私の側で規則正しい寝息をたてるミティ。私と同じ顔。でも、やっぱり違う顔。私はゆっくりと彼女の頭に手を伸ばし、抱き寄せた。
「ごめんね、ミティ……」
――その夜、私は初めて涙を流した。
集落の入り口で私は振り返った。長い時間を過ごした場所。決して居心地のいい場所とは言えなかったが、ミティがいる限り、そこは確かに故郷だった。
小さくなってしまった自分の家だった場所へと目を向ける。その姿は雨のヴェールに包まれてぼんやりとしか見えなかった。だが、そこに私を見つめる人影を見た気がしたのは、気のせいだろうか。
――また逢える。
なんの確証もなかった。ただ自分に言い聞かせるためだけに心の中でそう呟き続け、私は背を向けた。
「あとがき」
この話はオンラインサークルの白熊亭にいる、ラシェルのサイドストーリーです。本文中、一度も名前が出てきませんが、そうなのです(笑) まあ、そこは一人称なうえ、客観としての他人が出てこないので仕方ないと言うことで……。
最初に書き始めたのは、ウィンとセシリアに対抗してラシェルの過去の話も書くべきか、と思ったのがきっかけ。でも、暗い過去だったので、一行少々で挫折。お蔵入り。
「をい、良いのかそれで?」と思いつつ、しばらくそのままでしたが、何となくそんな(どんな?)気分になったので、一気に書き上げてみました。これを読んで、少しでもラシェルの性格の成因を理解していただければ幸いです。
十二月のある雨の日に……
瑞原 斎 拝
追伸:気が向けばラシェルがセシリアたちと会うまでの話も書くかもしれません(笑)